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フィンランドフォーラム

2020.12.24 / ソニー・ナカイ(グラフィックデザイナー、在フィンランド) フィンランドの建築家 Matti Sanaksenaho すべての基本は手で作るところから始まる。そこからデザインが生まれるという信念を持っています。

建築はフィンランドデザインの出発地

今日、フィンランドはデザイン大国といってもいいでしょう。イッタラのグラスとアラビア陶器、マリメッコのファブリック&テキスタイルデザインは有名です。しかし、フィンランドから世界に向けて最初に発信されたのは、「建築」でした。その理由を考えてみましょう。フィンランド人がDIYで家を建てることは慣習ではありますが、一種の「文化・Culture」ともいえるのです。多くのデザイナーたちは、自分が生活する空間を自分でデザインして、さらに自分で好きな「空間」を創作しています。すべての基本は手で作るところから始まる。そこからデザインが生まれるという信念を持っています。
1970年代、既に半世紀も昔になりますが、フィンランドの才能あふれる若いデザイナーたちの「先生」となったのは、1940年代から活躍していた巨匠建築家のアルヴァー・アールトやエリエル・サーリネンの世代でした。フィンランドデザインの基本は、建築発祥と言っても過言ではないと思います。シンプルな意匠でサステイナブル、そして大量生産の可能性も考慮して、様々なデザインジャンルへ展開していきました。そして、個性的な建築作品群が、ほぼ10年ごとに変貌しながら、住宅から図書館などの身近な公共施設に表現されてきました。

宗教建築も時代の理念を

フィンランドの教会建築も例外ではなく、斬新なデザインコンセプトの教会や礼拝堂が生まれています。新しい建築への期待感は高いといえます。「時代がどの方向へ進んでいくのか?」 建築は、それを示唆しているような気がします。マッティ・サナクセナホ氏の設計した魅力的な礼拝堂(St. Henry’s Ecumenical Art Chapel)からご紹介しましょう。礼拝堂の設計はマッティとやはり建築家の妻ピルヨ(Pirjo Sanakusenaho)との共同設計。残念ながら、当日はピルッコさん(Pirjoの愛称)は旅行中でした。マッティはオウル大学の建築学教授、ピルヨはアールト大学(前回紹介済)の教授でもあり、ともに次世代の建築家を育てています。

マッティのインタヴュー風景。彼は暖炉の掃除ブラシを振り回しながら愛想よく話を続けていました。

この礼拝堂は、フィンランド西岸(スウェーデン側)の古都トゥルクの市街から車で約15分、多島海の島にあります。穏やかな海風に吹かれて歩いていくとホテルがあり、2005年に隣接して礼拝堂が建てられました。15年の歳月と共に、銅板葺きの外壁は貫録のある色調に変わってきました。遠目には目立つ存在感はなく、豊かな森の中に、穏やかに溶け込んでいました。サンタのトンガリ帽子、または魚の頭を連想するシルエットの中央に入り口がありました。一歩踏み込むと、外部の暗い色調から、一気に溢れる自然光に包まれて、一気に木肌の光沢と素材感が際立ちます。そこで祈りを捧げ、心の憩いを得られます。完成時以来、注目を浴びている教会建築の一つでしょう。
一般的な宗教観では、教会とは祈りを捧げることで神との交信を結ぶための神聖な場であると考えます。一方、フィンランドのプロテスタント派(主にルーテル会派)の考えでは、教会とはどのような人をも受け容れ、そこで癒しの一時を過ごす空間です。そのせいか、この礼拝堂には十字架がありません。初めての経験です。そもそも、カトリックの聖堂建築とフィンランドの教会建築には歴史的背景の相違がありますが、フィンランドでは未来志向のデザイン性が求められていることもあり、コンセプトを重視する建築家が多いのです。
当然フィンランドでも、誕生時に牧師の洗礼を受けて教会に所属します。教会での結婚式やお葬式では、無償で牧師の恵みを受けることができます。教会の維持運営は国民からの教会税(2-3%)で賄われています。

St. Henry’s Ecumenical Art Chapelの外観と室内、十字架ではなく絵画作品が展示されている。

地味な外観と圧倒的な室内のコントラストに驚きました。明るさ一杯の木材を活かしたインテリアです。入ると両側に壁があるので、一瞬狭いと感じましたが、正面の奥に美しい別世界が広がっていました。ちなみに、魚はキリスト教のシンボルであり、その尖った先端は「天」を指し示すもので、私の視線も「天上」を見つめていました。同時にノアの箱船に象徴される木造船の構造を模しているようでもあります。体が軽く浮かぶような気分になりました。十字架はキリスト教のシンボルとして、造形作家がデザインした芸術作品が飾られるのが普通ですが、ここは純粋な室内の美しさに集中したようです。宗教性の無い「いこい」の空間でした。

まずは周辺環境から外観を

別の日に、彼らの住まいを訪れる機会に恵まれました。ヘルシンキ市街から20キロ以内の湖畔で、森に囲まれた穏やかな環境を探したそうです。実際に、車で30分(信号が少なくてスピードアップ!)の便利な敷地を見つけて、夫妻の共同設計で2001年に完成し、18年経過したところです。もちろん湖畔です。

林道のような道路が続き、湖畔の風景も希望通り

バスを降りて、まさに林道という雰囲気の道を歩いていくと、眼前に、いかにも建築家がデザインしたと思われる建物が見えました。約束の時間より早目に着いて、周囲の写真を撮影。光線の美しい時間帯に撮影することで、事前に許可を得ました。

玄関前の小庭から見ると窓も少なくて閉鎖的だが、メインの庭は反対側にある。

玄関前庭の芝生に苔が混じり、お隣の芝生とは異なる個性を感じました。その他は、別段飾り付けもなく、何気ない雰囲気で、壁に小さなキッチンの窓とベッドルームの窓があるだけです。わざと周囲と遮断したような不思議な雰囲気で、ラップランドのトナカイ牧場にあるような木の柵で囲まれています。ちなみに、柵の組立方法は、ラップランドでも地方ごとに相違があります。

苔の混じる庭から歩いて回ると、大きな窓から室内が見えてきました。

カーテンフリー(カーテンなし開口部)の居間にいる人物の姿が見えます。自由への憧れを感じました。

東側がメインの庭

東側はガーデンパーティのできる広い庭です。午後2時頃の、太陽はかなり地平線に近いので、周りの樹木の細長い影が住宅外壁に映り込んでいます。建物と自然の共生に気づく風景。斜面地なので、円弧状の階段がギリシャの円形劇場の姿をイメージさせます。奥行3mくらいのテラスから斜面の庭、さらに森へ続きます。訪問したのは2020年2月初めの午後。暖冬で積雪もなく、湖面も凍らなかったので、湖の上を歩くことはできません。長くフィンランドに住んでいますが、初めてのフィンランドの暖冬経験でした。

斜め屋根の両端は鋭く立ち上がり、厳しく吹き付ける風が空へ舞い上がるような容貌です。
玄関側も色違いの羽目板張り、2001年竣工時のままで、風化による貫禄がにじみ出ていました。

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