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フィンランドフォーラム

2019.3.19 / ソニー・ナカイ(グラフィックデザイナー、在フィンランド) フィンランドの建築家Severi Blomstedt ブロムステットさんのご自宅とオフィス

前回のフィンランド便りでは、アートが一杯のヌルミネン邸をご紹介いたしました。今回はその続編として、ヌルミネン邸を設計した建築家のSeveri Blomstedt氏の住まいにお邪魔して、写真を撮影し、インタヴューさせていただきました。 外国の文化を理解するための早道は、そこでの暮らし方を語る住まいに触れることだと思います。プライベートな住宅のインテリアはもちろんですが、住む人々の個性にも触れることができますので、今回のご招待に感謝しています。さあ、皆さんもご一緒にお伺いしてみましょう。

セヴェリさんと、彼の祖父にあたる作曲家ジャン・シベリウス

交響詩「フィンランディア」(1900年初演)は、フィンランドが帝政ロシアからの独立をかけて苦しい戦いを続けた時代に、戦士を勇気づけて愛国精神を鼓舞し、民族国家の独立に導きました。作曲者であるジャン・シベリウス(1865-1957)の名とともに、交響詩「フィンランディア」は歴史を刻む宝物として尊敬されています。
セヴェリ・ブロムステット氏はシベリウスの孫にあたる方で、建築デザインの才能と共にシベリウスから受けついだ音楽の才能も豊かです。日常生活や仕事の合間にも、フルートを心の癒しとしています。右側の写真は鉛筆スケッチのシベリウスです。現在のセヴェリさん(左側)と比べてみてください。面影が似ていますね?

EURO統合前の紙幣と切手の肖像画になったシベリウス

シベリウスは、フィンランドで最も愛されている人物の一人で、フィンランド人に大きな自尊心を築き上げました。EU圏に加盟してユーロ通貨が導入される前のフィンランドン通貨で、100 marukka紙幣にはシベリウスの肖像画が採用されていました。また、切手には、夫人の肖像画とシベリウスの横顔が並んで印刷されたものがありました。

今回のインタヴューの間、セヴェリさんは、家族の話をいろいろと聞かせてくれました。彼を含めた4人兄弟の父は建築家、母は陶芸家、兄弟も芸術家が揃い、多くの作品を残しています。兄弟たちもアーティストとして活躍しましたが、悲しいことに、若くして世を去りました。残されたリトグラフ作品は、今でも多くの家の壁に飾られて、よく見ることがあります。セヴェリさんの住まいの壁にも思い出の作品が残されていました。建築家のセヴェリさんはヘルシンキの建築博物館で館長を務め、フィンランドの建築界に大きな影響を与えてきました。

さあ、市電に乗ってムンキニエミへ

さて、ブロムステット邸へは、ヘルシンキの中心を貫く「マンネルヘイミンティエ」を通る市電の4番に乗り、北西へ約5キロ。ヘルシンキの街並みを眺めていくうちに、セヴェリさんと奥様のマルガレータさんが暮らしている「ムンキニエミ」(Munkkiniemi)地区にたどり着きました。市電を降りると、通り沿いに1940年代の歴史的な建物が立ち並んでいます。

ムンキニエミにて、落葉した街路樹のシルエットと、整然と並ぶ建築群の壁面色のコントラストが美しい。

反対側にある同じような建物の一画にセヴェリさんの事務所があり、彼はそこで建築創作活動をしています。アルヴァー・アアルトと同様、ムンキニエミに自宅とオフィスを構えているわけです。ヘルシンキの海浜に広がるムンキニエミ地区は、昔から魅力的なエリアで、40年代には高級住宅地として繁栄しました。海岸通りに沿って散歩すると、その先に日本大使館公邸があり、反対方向に進めば、フィンランド大統領の官邸が立地するので、今日でもハイクラス向けの居住地です。

ブロムステット邸

市電乗り場の直ぐ前にある素敵なコンドミニアムに案内されました。この建物も、1940年代の建築で、階段と手摺やエレベーターは、昔のままに保存されています。アンティークな雰囲気の中には、昔の文化の香りが濃く漂っていました。朱色のタイル張りの自宅エントランスに入り、軽い引き戸を開けると、リビングルームです。第一印象は、手前の通路の40年代風のスタイルと異なり、室内にはモダンな空間が広がっていたことです。何度かの室内リフォームにより、昔の面影は消えて、彼自身がデザインした家具と心地よいインテリアの空気が溢れていました。保存の価値ある歴史的建造物の中に、モダンデザインの室内。そのコントラストに「時間の魅力」を感じました。何よりも、大き目の窓から入る自然光に穏やかなくつろぎ感が溢れていました。

共用部階段と奥にはエレベーター、右側は住戸エントランス

1940年代に建てられた建物の外観と、内部の共用廊下、階段手摺りは昔そのままの形で残されています。エレベーターでは、鉄格子の外扉を開けて、さらにエレベーターかごのドアを開けるという、昔ながらの面倒な乗り方ですが、何とも言えないノスタルジアを感じさせます。
自宅内玄関に入ると、朱色のレンガタイルの床とベージュ色の壁面収納戸棚の色彩感が心地良い調和でした。リビングへ続くスライディングドアは、実に珍しいもので、彼のこだわりの選択です。家具専門の職人が制作した建具で、気持ち良く軽く動き、日本の建築文化を連想しました。もともと、西欧の建築家の中には、日本文化を意識していると感じるケースが多いのですが、ここにも、その気持ちが感じられました。

落ち着いた印象のモダンリビングとデザインファニチャー

エントランスの引き戸を開けるとリビングが広がります。幅広の窓から取り入れる自然光が部屋全体を均等に照らし、読書に丁度良い優しい光が一杯です。ソファで寛ぐ時は、窓辺のグリーンが安らぎを与えてくれます。
60年代の、いかにも心地よさそうな家具が目立ちました。イルヨ・クッカプロ(Iljo Kukkapuro)デザインの家具ですが、東京の白金、青山界隈の高級ブティックで見かけます。東京だと、かなりハイファッションの高級家具という印象ですが、このリビングでは座り心地の良いエコな椅子として日常生活に寄りそっていました。

天井から下がるペンダント照明

彼のオリジナルデザイン。天井に取り付けた木製レール溝に電線を隠し、ランプの高さと角度を調整できるので、照明の位置を自由に変えられます。シンプルなデザインが気に入りました。

リビングの暖炉と東洋骨董家具

リビングの窓に向き合って、暖炉があります。シンプルな白い壁を延長して、存在感を消すように暖炉を設置しました。思い出の詰まった小さいアートオブジェを温かく見つめる場所として最適ですね。右側の写真は、エキゾティックな印象の家具ですが、多くのアーティストにとって興味深いインテリアの一部となっています。キリムラグもお似合いですね。

キッチンの壁と窓

彼の子供が幼いころ、世界に強く興味を持っていたそうです。そこで、世界地図をキッチンの壁に広げて国際政治学を参考にしながら世界を見つめていたと話してくれました。台所とダイニングは、オープンなカウンターと窓でつながります。

赤レンガ廊下の先端に、マーガレットの花をタイルで描きました。奥様の名前Margaretha.に愛をこめて!
写真右の家事スペースは、洗濯機、乾燥機、シンクなどの設備を取り付けても、楽に動ける広さです。

フィンランドでは、家の壁に奥様の名前が刻まれているように、女性に対する深い心遣いが見られます。女性の立場が平等であることの表れだと感じます。国政に関わる5政党の党首はみんな女性で、首相は34歳の若さで国を率いています。勤務時間の削減の法案は、週に4日勤務、1日6時間労働という提案です。ほとんどの職業で、男女の区別がありません。

住戸バルコニーは、手摺壁の上にラベンダーの鉢が飾られているだけ、すっきりした空間でした。市電の通る並木道を見下ろし、秋には通り沿いに広がる紅葉の美しさを想像できます。

また、市街地の集合住宅では、共同中庭の一隅にゴミ収集場を設置して、部外者のごみ捨てを防ぐため、ドア付のゴミ集積小屋が普通です。しかし、歩道からゴミ箱への視線を遮断して、住人が楽にゴミ捨てができるように、背面と側面に壁を設け、鍵付きの扉をやめて中庭側をオープンにしました。セヴェリさんのアイデアです。雪と雨を防ぐ屋根はありますが、住人は捨て易い造りで、容器は分別に応じた色分けがされています。

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