| インテリアセミナーレポート |
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今回ご紹介するのは、“高齢者用フリーチェア”を開発された松井敏郎先生の講演です。松井先生は、高齢者用補助用具の開発企画をされている「座行会」の会長を務めておられます。この講演では、先日行われた東京国際家具見本市に出展されていたフリーチェアの紹介とともに、車椅子生活者にとって最大の難関といえる乗り移り動作などについてお話してくださいました。
◇経験者だから、わかること。 松井先生は、現在72歳。ご自身の65年間にわたる車椅子生活を生かして、8年ほど前から車椅子生活者にとって必要なもの、そして便利ものとは何かを研究し、さまざまな器具を開発してこられました。今回のお話の中心のフリーチェアは室内用車椅子ですが、一番の目的は乗り移り動作を少しでも楽に行えることだったそうです。というのも、移乗という行為は、車椅子で生活している方々にとって、とても重要な動作であり、一日に何回も行わなければならないものであるからです。例えばトイレへ行くにも、ベッドから車椅子へ乗り移り、車椅子から便座へ乗り移り、排泄が終わったらその逆のことをまた繰り返さなければなりません。
◇バリアフリーの究極は乗り移りをいかにするか、である。 車椅子で生活することは、乗り移りからはじまるとも言えます。どんなに使いやすいトイレやお風呂、バリアフリーの家があっても、乗り移りをしないことには、そこにはたどりつけない。「例えば、室内で車椅子を利用している障害者が、トイレに行く場合。車椅子から便座に乗り移る作業は、絶対に必要な動作なのです。立ち上がり、手すりにつかまるか、介護者の手助けで便座に乗り移りますね。一旦立ち上がらなければならないのですが、足腰が弱っている人にとって、立ち上がるということは大変なことです。また、乗り移りというのは、本人にとってもですが、介護者にとっても難儀な作業なのです。この動作をいかに簡単にするか、ということがバリアフリーの究極だと私は考えています。」 トイレに行くのは、当たり前の動作であるのですが、その乗り移りが困難なため、または介護者への遠慮からトイレを我慢するという人もいらっしゃるのだそうです。そんな思いをせずに、生活できるとようにと先生は、開発を始められたのだとおっしゃいます。
◇ 乗り移りの3大難関 〜トイレ、お風呂、ベッド〜 車椅子で生活しておられる方は、足や腰に障害がある方が多いのではないでしょうか。筋肉が弱っているので、自分で立ち上がることが困難であるという場合が多いものです。先生が、乗り移りの3大難関だと考えておられるのは、トイレとお風呂とベッドなのだそうです。必ず乗り移りが必要な箇所であり、毎日行う生活動作である。その3大難関をクリアできるように、と開発した3つの商品について説明してくださいます。
◇ 立ち上がらずに乗り移りできるフリーチェア。 後ろから押してもらう室内用車椅子。とても小さく、小回りがききます。また木を多用しているので家の中のインテリアとも調和します。車輪が大きくないので、テーブルにつくときも普通の椅子と同じように座ることができます。「実はね、家の中で使う介護用の車椅子ってのは、あまり進歩のなかったものなんですよ。外で使う電動車椅子なんかはどんどん進歩していますが、家の中で使うものといったら、固定された背もたれがあって、肘掛があって、乗り移りをするときは立ちあがらなければならないものでね。最近は肘掛けが跳ね上げ式で上に上がるものがあるけど、それは介護者にとって邪魔になるものなんです。このフリーチェアは肘掛けと背もたれが下がるので、座面がフラットになるので立たずに乗り移りができます。座面がターンするので、体の向きを変えるのも簡単です。このおかげで、例えばどんな位置でトイレに車椅子をつけても乗り移りができるわけです。」 このフリーチェアは、乗り移りが座りながらできるということのために開発したとおっしゃいます。先生ご自身が、いかに乗り移りが大変かということを知ってらっしゃるから実現した画期的な車椅子フリーチェア。これは、介護用の車椅子なので後ろから押してもらうタイプですが、自操式のものも開発中なのだそうです。
◇ ホームエレベーターに乗ることができる車椅子。 車椅子生活者のためにということでホームエレベーターも多く発売されています。ですが、あまり売れていないのだそうです。車椅子で生活している人は、もちろんエレベーターがあったら便利だし、欲しいと考えるはずなのですが。売れない理由は、ホームエレベーターに肝心の車椅子が入らないからなのだそうです。「なぜ車椅子が入らないような大きさのエレベーターを作ったのかと聞きましたよ。でも、今の東京の住宅事情を考えると、それ以上大きなものは無理だと言うのです。車椅子が入らないエレベーターなんて売れるわけないです。でも、うちのは入るんです。日本一間口が小さい500mmの間口のものでも一番小さい480mm幅のものがありますから入ります。」
◇ターンができる、ということの利点。 座面のターンするということも大きな特徴のひとつだそうです。「ターンをつけた理由は2つございます。一つは、意外に座っていて右を向くとか左を向くとかいうのが、腰の悪い人にはできないということがわかっていたからです。座面がターンすれば、楽に右向いたり左向いたりできますね。目的に対してどちらにでも向けるわけです。もう一つは、ホームエレベーターの中でも使えるようにということなんです。ホームエレベーターは、間口が広ければ奥行きがない、間口が狭ければ奥行きがあるという規格になっています。間口の狭いものには、うちの一番小さいもので入ります。奥行きの問題を解決するのが、ターンなんです。車椅子のサイズからいって、ギリギリ入るという状態になります。1cmしか余裕がないといった形です。そうすると足があるからドアが閉まらないということになりますね、普通なら。でもこれはターンするので、車椅子ごと乗ってから、ターンさせて体を横向きにすれば、間口は広いですから、乗れるということになるわけですよ。」座面のターンは、実際に乗らせていただいたのですが、スムーズで、くるくるっとまわりました。 住宅事情を考えると限界であるという大きさのエレベーターに車椅子が入らないというのも、なんだか何のためのものなのかという気持ちになりますが…。肘掛や背もたれが下がるということとターンを合わせて、小さなホームエレベーターにも乗せることができるこのフリーチェアならそんな問題も解決するのです。
◇ 小さい、ということが可能にすること。 室内用の車椅子は、案外大きなものです。というより、住宅が小さいということでしょうか。例えば、トイレやお風呂へ乗り入れることが難しい場合が多いのです。このフリーチェアなら、家庭用のトイレやお風呂にも悠々と出入りできる大きさなのだそうです。ということは、外出先でも、車椅子用のトイレを探さなくてもよいということになります。 「車椅子に乗っていても、自分でトイレに行って用を足したいと思う人は、多いはずです。この車椅子があれば、自宅のトイレを改装しなくても使えますからね。乗り移りも楽ですし。これは、自分の経験から言っていることで…。私自身がそうでしたから。」と先生はおっしゃいます。
◇ 只今、商品化中の入浴装置。 乗り移りが困難である3つの場所のうちの2つめのお風呂。次は、先ごろ特許を取得されたという入浴装置についてのお話です。「浴槽ってのはね、体の悪い人のために専門的に作ってあるものは、ないのですよ、今のところ。ですから、リフトに乗せて入れるとか、補足的に台を持ってきて置いてその上に乗っていくとか、浴槽のふちを広くして、そこに腰掛けて入るという形をとることがほとんどですね。しかし、出るときが大変なんですね。またリフトを使うか、あとは抱き上げるしかないです。これは重労働です。脳卒中の人なんかは、高いところを怖がりますからリフトはよくないですしね。ということで入浴装置を考えたんです。」
◇ 体を洗うのも簡単にできます。 体を洗う時、普通なら洗い場に座らせて洗わなければなりません。また、それが容易ではない。この入浴装置なら、浴槽から上がって、座ったまま移動して洗い場まで来られるので、そこで洗うことができます。また、座面がターンするので、背中や側面、股間やお尻まできちんと洗えるのだそうです。浴室という、滑りやすい場所で、立ち上がったり座ったりするのは、不安なものです。介護者にとっても、重労働。それを解決してくれる装置です。 「リフトで吊り下げられたり、人に抱きかかえられて移動するには、一旦立ち上がらなければなりませんね。腰を上げてから移動するのと、立ちあがらずにずるずるとひきずって移動するのでは、全然労力がちがうんですよ。腰をあげずにひきずっていく方が、断然楽なんです。」と、先生。 また、浴室までフリーチェアで乗りつけることもできるように設計されているそうです。小さくできているので、家庭の普通の浴室にも乗り入れることができます。フリーチェアは、防水布が貼ってあるので、お風呂からあがってそのまま入浴装置から、チェアに乗り移って部屋に戻ることもできます。
◇ 介護疲れを防ぐために…。 先生の知り合いの方のお話ですが、その方は、義理の父親の介護をなさっているそうですが、お義父さまがトイレに行きたがっている時に、3回に1回くらい買い物に行ったふりをして逃げるのだそうです。「調べてみましたらね、介護疲れというのは、ほとんどが乗り移りが原因なんです。こういう肉体労働が介護疲れの最大の原因なんですよ。ですから、こういう車椅子や入浴装置で、乗り移りが容易にできるようになりますとかなり違ってくるはずです。」 これからの世の中、高齢者が高齢者の介護をするという場面も多くなってくるはずです。こういう装置が、介護を助けることとなるのだと思います。
◇乗り移りしなくてもよいベッド。 最後は、ベッドです。ベッドを生活の場にしてはいけない、寝たきりを防ぐためにも、ベッドから出て過ごしましょう、ということはよく言われています。しかし、車椅子で生活している人にとって、ベッドから出ると、まず車椅子に乗り移るという大変な作業が待っていて、それが苦痛であるからベッドから出られないという人もいるそうです。そういう現実を知っている先生は、新しいベッドを考え出しました。それは、乗り移りをしなくてもよいベッドです。
◇ 起きあがると同時に椅子に座った状態になる。 障害がある人にとっては、例えばベッドがあって、その横に車椅子をピタっとくっつけたとしても、それに乗り移るのは簡単ではないのだそうです。その乗り移りをしなくてよい方法は何かないかと考えていた先生が思いついたのは、分離式ベッドです。「ベッドに寝ていて、起きあがるために、背もたれがずーっと上がってきますね。それと同時に足の方のベッドの半分が離れていくのです。離れていくと、足が床につきます。自然に座れますね。座ったところに椅子が内蔵(収蔵)してあるわけです。自然に座ることができて、その部分が椅子になっていて、ベッドから離れる。そうするとどこへでも行けます。乗り移りしなくても、ベッドから起きあがるだけで椅子に座れる。肉体を動かさなくてもいいわけです。」 背もたれが、上がって、ベッドの半分が離れ、椅子の部分に座っている状態になる。その椅子が離れるから、移動ができる。なんだかロボットのような仕掛けです。起きあがるだけで椅子に座れるなんて、手品みたいです。こういうベッドがあると、乗り移りをしなくても自由に動けるようになるわけですね。
◇ ポータブルトイレを内蔵すれば、さらにラク。 また、その椅子の部分をポータブルトイレに変えれば、便器に乗り移るという動作を省けます。「椅子を内蔵している部分をポータブルトイレにしてもいいじゃないかと気づいたのです。ベッドの横に置いたトイレに乗り移るのだって、大変な作業なんですから、トイレを内蔵すれば楽です。あとね、ポータブルトイレって、まわりに柵みたいな手すりみたいなものがついていますね。あれはいけない。乗り移りするときに邪魔でしょうがない。それに、おしめはイヤだ、トイレでしたいって言う人が多いんですよ。それならコレがあればおしめをしなくてもすみます。」
◇ 自分の経験を上手く活かした開発を…。 トイレと浴槽とベッドという日常生活で必要な乗り移り場面を楽にしようと、先生が開発した3つの製品を紹介しました。先生は、自分が障害者で経験してきているから開発できたものだとおっしゃいます。でも、それだけではない。自分が不便だと感じることだけを解決しようとしていてもダメだと先生は考えておられるようです。 「最近はね、いろいろと障害者のためのものも開発されていますよ。でも、一番必要なことが解決されてなかったりするんです。こういう乗り移りとかね。だから、こういう開発には、障害者が関わっていくことが大切だと感じていたんです。でもね、障害者は自分の体の不自由なとこしか考えないから、なかなか難しいのも現実です。何が必要かを見極められないところもあります。例えば、その人にあった車椅子をあるリハビリセンターで作っていたんです。その人がリハビリを始める前に、その人のための車椅子を作っているんです。それからリハビリを始める。でも、そうするとリハビリを始める前に作った車椅子、リハビリ始めたら、体も動くようになって不自由なところも変わってくるでしょう。その人のために作ったものでさえ、使い勝手の悪いものになりますよ。どこでどう見極めるかというのも大切です。」
◇ 自分が努力すればたいていのことはできるのです。 「私は、自分が努力すれば、たいていのことはできる、と経験してきたんです。私は、3段階障害の程度を経験してきていますから。歩けないけど立ちあがることはできた頃、それが難しくなってきた頃、完全に立てなくなってしまった頃と。ですから、その3つの程度の障害のことはわかるのです。体の変化によって経験したことを基にして開発してきたわけです。障害者の方が、考えなければならないことも多くあるのです。それは、ちょっと努力すればできるのではないかなということを思って欲しいんです。」と先生はおっしゃいます。 先生が、便利で使える装置をいろいろと開発してこられたのは、やはりいくつかの障害の程度を経験されているという点も大きく影響しているようです。ただひとつの面しか見ないというのではなく、いくつもの状況を考えて開発している。誰か一人のためのものだけでなく、少しでも多くの人にとって便利で使いやすいものを開発するということ。それが、最大公約数的なものにならないところが、素晴らしいと感じます。先生のように障害を3段階経験されて、その度にここはこうすればよくなる、ここはこう直すべきだ、ということまでわかる人はなかなかいないのではないかと思います。「でもね、そういうところまで、入りこんだ研究をしていかないとダメですよ。でないと良いものは生まれません。」と先生はお話を終えられました。
◇ 実際に座ってみました。 講演会が終わったあとで、会場にあったフリーチェアに実際に座らせていただきました。見た目には、普通の車椅子のような大きな車輪がなくて、家具のような印象。肘掛けや、背もたれも実際に動かしてみました。背もたれを取り外して、肘掛けを下ろすと台のような形になります。ターンするという座面も、丁度良い軽さで回ります。あまりくるくる回るのでは、安定感がなくて不安になるだろうなと思っていたのですが、そんな不安定感はありません。動かしてみても、驚くほど軽く動き、また小回りもききます。家の中の狭い通路でもきちんと通れるだろうなと感じました。
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